2009年7月14日
和服の着付け
和服を着用させること、または和服を着用することを、着付けという。着付けには履物を履くことも含まれる。髪結いと着付けはセッ
トで行なわれるが、髪結いは着付けの意味には含まれない。髪結いは着付けより前に行なうことも、後に行うこともある。着付けには
、自分一人だけで行なう方法と、他者に手伝ってもらいながら行なう方法がある。和服を着ることを、和装ともいう。着付けをする人
を、着付師と呼ぶ。女性の和服の着付けは難しくはないが、手順があるので慣れが必要である。そのため着付けの本があり、着付けを
教えるための学校が全国に多数存在する。着付けの学校では、女性用の和服の着付けを一般人に教える授業料と、着付けを手伝う手数
料が、学校にとっての大きな収入源になっている。世界の中で、自国の民族服の着用の仕方を教えるための学校が全国に多数存在し、
かつ着付けを教える人に資格を与えるという国は日本だけである。傘は、着付けにも髪結いにも含まれないが、和服には和傘が似合う
という意見がある。
和服は右前
男性用でも女性用でも、和服を着る際、手を袖に通した後、向かって右の衽(おくみ)を体につけてから左の衽をそれに重ねる。この
ことを、左よりも右を(空間的ではなく)時間的に前に体につけることから、右前という。右前のことを、右衽(うじん)ともいう。
男女共に右前なのは、洋服と異なる点である。死者を葬るときに死者に着せる和服は左前にする。左前のことを左衽(さじん)ともい
う。左前を生前に行なうことは非常に縁起が悪いことであるとされる。
右前にする理由
日本で和服をなぜ右前にするのか、またいつから右前にするようになったのかについては、諸説がある。時期については、『続日本紀
』(しょくにほんぎ)によると、719年に、全ての人が右前に着るという命令が発せられた。これはその当時手本としていた中国にお
いて右前に着ることが定められたのでそれに倣ったものと言われている。中国で左前にすることが嫌われたのは「蛮族の風習であるた
め」とされたが、この蛮族というのは中国東北部や辺境の地に住む遊牧民たちのことで、彼らは狩猟を主な生活として行なう上で弓を
射やすいという理由で左前に着ていた。中国の農耕民とは全く違う暮らしをし、しばしば農耕民に対する略奪を行っていた遊牧民たち
は、中国の古代王朝にとっては野蛮で恐るべき存在であり、これと一線を画することを決定したという説がある。それまでは中国でも
日本でも左前に着ていた時期が存在する。また一説によると、一般的に右利きが多く、闘いなどの際右手で刀を抜きやすいように腰の
左側に刀を差すことが多いため、刀をさやから抜こうとするときもし和服を左前(右前の逆)に着ていた場合抜こうとした刀が自分の
右から流れている衿に引っかかってしまうことがないように、和服を自分の左から右に流れている右前に着るようになったのだという
。
また死者に死に装束を着せる場合通常と反対に左前に着せるが、これは「死後の世界はこの世とは反対になる」という思想があるため
であると言われている
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
右前にする理由はとても興味深かったです。
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